はじめに ~連載について~
サステナビリティは、いまや材料開発の前提条件となりました。
性能と環境負荷を両立する「選ばれる素材」をどう設計するか。
本連載では、「サステナブル時代の『選ばれる素材』開発ロードマップ~CrowdChemの300万件データと現場を繋ぎ、次世代R&Dの『最適解』を導き出す~」を主テーマに、全10回にわたり、弊社の取り組みや知見も交えながらご紹介していきます。
全10回タイトル:サステナブル時代の「選ばれる素材」開発ロードマップ
~CrowdChemの300万件データと現場を繋ぎ、次世代R&Dの「最適解」を導き出す~
なお、本記事は、全10回の連載のうち、第3回の記事となります。
「守りのコンプライアンス」から「攻めの差別化」へのシフト
第1回では、2031年に施行が迫る欧州ELV規則案が、樹脂産業にいかに破壊的な変化をもたらすかを解説しました。
第2回では、その組み合わせの迷路を突破するための武器として、300万件の構造化データとグラフ構造AIがMI(マテリアルズ・インフォマティクス)やPI(プロセス・インフォマティクス)の限界をどう打破するかをお伝えしました。
しかし、どれほど優れた物性を持つ材料をAIで設計できたとしても、そこに「法的・倫理的リスク」という地雷が埋まっていては、製品化にこぎ着けることはできません。
第3回では、企業の法務・安全衛生・環境・研究部門が直面する開発最終段階での法規制による出戻りという最大のリスクをいかに回避するか、そして攻めの差別化が重要であることをお伝えします。
「2031年の壁」の裏に潜む、もう一つの地雷
カーボンニュートラル(CN)への対応として、市場回収されたプラスチック(PCR材)の活用は、もはや樹脂産業にとって必須の選択肢です。
しかし、PCR材にはバージン材にはない致命的な不確実性が潜んでいます。それは、「中に何が入っているか、原子・分子レベルで完全に把握しきれない」という点です。
特に深刻なのが、過去に使用された添加剤や不純物が、現在の厳格化した法規制に抵触するリスクです。
例えば、10年以上前に製造されたプラスチックを回収して再利用する場合、当時は合法であっても、現在の「化審法」や「PFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)※1規制」等によって制限されている物質が含まれている可能性があります。
この状況において、製品化直前の段階で他社特許の侵害や有害物質の混入が発覚すれば、数ヶ月から数年に及ぶ開発工数はすべて無駄となり、顧客との信頼関係は失われる恐れがあります。
また、これが製品化後に発覚すれば、社会的信頼の失墜につながります。環境に良いはずの再生材活用が、一歩間違えれば企業の存続を揺るがすリスクへと一変する。これが、今後の材料開発が直面している見えない地雷なのです。
※1:PFASはその優れた耐熱性や撥水性から、自動車部品(ECUケース、シール材等)に多用されてきました。しかし、環境蓄積性が問題視され、欧米を中心に製造・使用の全面制限に向けた議論が加速しています。

現場を襲う「管理の限界」
開発現場のエンジニアや法務担当者の皆様は、次のような課題を感じていませんか。
「過去には安全だった材料が、いつの間にか規制対象(PFAS規制等)になっていないか?」
「サプライヤーを遡っても、リサイクル材の10年前の配合詳細までは追いきれない」
「専門的な特許調査や法規制チェックに数週間を要し、先行開発のスピードが削がれている」
特に化学物質に関する規制は日々アップデートされており、マニュアルベースの管理やベテランの記憶に頼った対応は、もはや組織的な限界に達しています。
今回はPFAS規制に触れていますが、これまで安全だと思い込んで使用した材料が明日には使えなくなる。私達はこのような状況で製品開発することになることが当たり前になるのです。
さらに、規制強化の背景には職場安全の問題も横たわっています。2024年4月からは、事業場における化学物質の安全管理を専門的に担当する責任者として、化学物質管理者の選任が義務化されました。化学物質による労働災害を防ぐという社会的要請が制度化されたものです。
今後も、労働災害や環境汚染の予防の観点から、PFAS規制に限らず化学物質の管理・規制は一層厳格化されていくでしょう。「規制対象の化学物質が含まれていることを知らなかった」では、企業としての責任は到底免れません。
では、実際にPFAS規制に対応した材料開発はどのように進んでいるのか。一つの特許事例を見てみましょう。
「特開2025-160993」は、高度な難燃性と高い耐熱性を両立した環境配慮型ポリカーボネート(PC)樹脂組成物に関するものです。従来の難燃ポリカーボネートでは、燃焼時の滴下(ドリッピング)を防ぐためにフッ素系樹脂(PTFEなど)や特定のフッ素系スルホン酸塩が一般的に使用されてきました。
しかし、近年のPFAS規制の強化により、これらを使わない代替技術が求められています。本特許では、非フッ素系コンビネーション(膨張性黒鉛、特殊なシリコーン系難燃剤、フィラー)によってPFASを使用しない設計を実現しています。
以下のグラフは、UL-94※2垂直燃焼試験における5試料(10回接炎)の総燃焼時間を示しています 。数値が低いほど難燃性が高いことを示し、50秒以下が望ましいとされています。実施例1~4は、目安の50秒以下を達成していることがわかります。
※2:機器の部品用プラスチック材料の燃焼試験

今後、PFASに限らず、今回の事例のような環境規制に応じた材料開発、プロセス開発の必要性はますます高まるでしょう。
300万件のデータが、開発の「入り口」を浄化
この「見えないリスク」という霧を晴らすために、私達は、コンプライアンスと研究開発を動的に直結させるデジタルインフラを提供します。
1つ目は、300万件の構造化データによる毒性・規制スクリーニングです。私達は、世界中の特許、論文、製品カタログを独自に保有、構造化した300万件以上のデータベースを基盤としています。自社に知見が少ない再生材やPFAS代替材料であっても、この膨大な知の集積と貴社の材料データを突き合わせることで、不純物や有害物質の混入リスクを早期に抽出します。
2つ目は、LabDXを活用することによる法規制情報と実験データの動的統合です。LabDXは第2回のコラムでご紹介していますが、実験工程を構造化して記録することが可能です。これに法規制の更新情報を紐付けることで、新たな環境規制が強化された際、過去のどの試作データや既存製品に影響が出るかという点を特定できる体制を構築することが可能です。
想定されるケースを代表的な化合物、ナイロン66を用いてご紹介します。
ナイロン66は、ナイロン系樹脂(ポリアミド樹脂)の中でも特に強度と耐熱性に優れた素材です。合成方法は複数あることが報告されています。
ひとつの合成方法として、ヘキサメチレンジアミンとアジピン酸の重縮合があります。原料であるアジピン酸はアジポニトリルの加水分解によって得る方法が存在しますが、原料および中間生成物が有害性を持つ物質として知られています。
最終合成物のナイロン66は材料としては安定していますが、その反応プロセスで得られた中間生成物や副生成物、原材料そのものが有害であることは有機合成反応では珍しくないことです。
これら合成してから把握するのではく、設計時点で合成プロセスや生成物を理解することによって混入リスクを抽出することが可能になります。「LabDX」はそのリスク抽出を早期に実現することができます。

攻めの安全経営の重要性
私達が提案するのは、単なる調査工数の削減やリスク抑制ではありません。化学物質を完璧に制御しているというエビデンスこそが開発のスタート地点であり、それを基盤に研究開発を進めることが、顧客や社会に対する最大の付加価値になる――これが、私達の考える「攻めの経営戦略」です。
なぜ、このような攻めの姿勢が今求められているのでしょうか。その理由の一つが、企業の情報開示と投資家への説明責任にあります。
多くの企業が統合報告書を通じて環境方針に関する経営戦略を開示するなか、一部の先進企業は、環境負荷低減や安全衛生などの社会課題に貢献した製品を特定し、その売上比率や研究開発費用をKPI(重要業績評価指標)として投資家に提示しています。
具体的には、どの製品が将来のキャッシュフローを生むかを明確にすることで、単なるリスク抑制にとどまらない「機会の創出」を実現しています。
化学物質管理の高度化は、守りのコンプライアンスではなく、企業成長の機会として捉える時代が来ています。
「匠の記憶」から「組織のデジタル知」への転換
欧州のELV規則をはじめとする環境規制は、もはやコストでも足かせでもありません。
これからのグローバル競争において、安全性をデータで証明しながら循環型材料を使いこなす技術そのものが、企業のサステナブル経営を支える有力な差別化要因となります。
外部の知見を柔軟に取り入れ、コンプライアンスの壁を最短で突破するという決断をした企業だけが、2050年カーボンニュートラル達成時に生き残るメーカーとなるのです。
逆に、依然としてアナログな管理やベテラン担当者の経験知に固執する企業は、加速する規制の波に飲み込まれ、不測の事態によって事業継続が危ぶまれるリスクを抱え続けることになります。
持続可能な未来に向けた「化学物質DX」の開始
見えないリスクを個の力で補う時代は終わりました。私達が持つ300万件の知見とLabDXの高度なデータ管理を貴社R&Dの両輪に据え、法規制の壁をイノベーションの機会に変えてみませんか。
私達は、貴社のニーズに合わせた形で社内DXの定着、そして最終的な製品化まで、化学とAIの専門家チームが伴走いたします。
まずは、貴社が現在抱えている法規制・特許のリスクや環境規制に対する不安についてお聞かせください。私達が、貴社のプロジェクトを安全かつ最速でゴールへ導く確かな航路をご提案します。


