ワイシャツをはじめ、「形状記憶素材」で作られた製品は私たちの身近に多くあります。
形状記憶素材はどのような特性を持ち、いかなるメカニズムでその機能を発揮しているのでしょうか。また、形状記憶素材は私たちの社会生活のなかで、どのような役割を担っているのでしょうか。
今回は、形状記憶素材のメカニズムと応用可能性について解説します。
形状記憶素材とは
形状記憶素材とは、形状記憶効果を持つ素材を指します。
また、形状記憶効果は、変形させた素材がある一定の温度以上になると、元の形状に戻る現象のことです。形状記憶効果を持つ素材には、金属、ポリマー、セラミックスなどがあり、このうち、金属とポリマーは実用化されている素材です。
本記事では、形状記憶効果を持つ金属として知られる「形状記憶合金」について解説を進めます。
形状記憶効果を持つ「形状記憶合金」
一般的な金属材料は、ある程度の力を加えると変形し、変形前の形状に戻ることはありません。この性質を利用して、金属を自由な形に変形させ、さまざまなものに加工して利用しています。
一方、形状記憶合金は変形後に一定温度以上の熱を加えることで、元の形状に回復する機能を持っています。この現象を「形状記憶効果」と呼びます。私たちの生活の中での身近な例として、衣服や歯科矯正器具などが挙げられます。
また、変形後に加えた力を開放するだけで、瞬時に元の状態に回復する機能を持つ金属も存在します。この現象は「超弾性」と呼ばれ、身近な例では、メガネのフレームや、携帯電話のアンテナなどによく利用されます。
形状記憶のメカニズム
形状記憶のメカニズムを理解するには、金属を形成している原子の並び方をイメージすることが大切です。形状記憶合金には、原子の並び方が変わる温度「変態点」があります。
温度が変態点より低い時は、やわらかい並び方(マルテンサイト)、変態点より高い時は、かたい並び方(オーステナイト)になります。
形状記憶合金は、通常やわらかい並び方の状態になっており、この状態で変形すると、金属原子間の結合が切り離されず、少しずつずれながら変形します。
このため、加熱して、かたい並び方に移行することで、結合が元の状態に戻り、形状が回復する、というメカニズムになっています。(参照:株式会社吉見製作所「形状記憶合金について」)
形状記憶特性を発揮する合金
形状記憶合金として実用化されているものは、Ni-Ti合金と銅系および鉄系の合金の一部です。このうち、Ni-Ti合金は、原子同士の結びつきが強固で安定した材料となっており、耐食性、耐摩耗性にも優れていることから、広く利用されています。
また、銅系、鉄系の形状記憶合金と比較し、繰り返し特性もよく、温度変化にも敏感な素材となっています。ただし、しなやかに大きく曲がる一方で折れるときは急に折れる性質や、溶接、はんだ付けが難しい側面もあるため、場面に応じた選定が必要です。
形状記憶合金についての技術知識
ここまでで形状記憶合金の基本的な特性とメカニズムについて解説してきました。ここからは、形状記憶合金に関してもう少し踏み込んだ技術知識について紹介していきます。
「形状記憶合金」の条件
ある素材が形状記憶合金と呼ばれる条件には、特殊な結晶構造であることが挙げられます。
通常の金属材料では、ある程度の力を加えて変形させると、金属原子が隣の原子との結合を切り離して、変形後に隣接する原子と結合しながら変形していきます。このため、元の形状に戻そうとしても、原子間の結合が切れてしまっているため、戻れません。
一方、形状記憶合金は通常の金属とは異なる結晶構造であるため、金属元素間の結合を切り離すことがないまま、少しずつずらすことで変形するという特性があります。
形状記憶合金の変形特性
形状記憶合金は、既述の通り、「変態点」を境界とした温度で結晶構造を変え、変形する特性を持ちます。
一方、形状記憶合金ではない素材では、例えばセラミックスはほとんど歪まずに破断し、一般的な金属材料では、曲げることは可能でも、永久的な歪として変形が残ってしまいます。ただし、形状記憶合金であっても、変形させすぎると回復できなくなってしまうため、使用する素材の特性を把握したうえで活用することが肝心です。
回復可能な歪みについて
Ni-Ti合金では、見かけの歪みが7~8%変形させても元の形状に回復するとされています。部品として設計する際は、余裕を見て5%程度を目安とすることが多いようです。
繰り返し曲げ伸ばしするような想定の場合は、金属の疲労が蓄積し、破断が発生する危険性があります。そのため、10万回の曲げ伸ばしを想定する場合は1.5%程度、1万回以上の曲げ伸ばしを想定する場合は2%程度の変形量が目安となっています。
一般的なステンレスのバネ材の回復可能な歪みが0.5%程度であることを考えると、Ni-Ti合金は高い歪みの回復能力を保持しています。
形状記憶合金の応用例
ここからは、形状記憶合金の応用事例をいくつか紹介し、今後の可能性について解説します。
形状記憶耐力壁
「ブレース」と呼ばれる、鉄骨造の建物の強度を保つために筋交いのようにタスキ掛けに設ける線上の建材があります。このブレースには、素材として形状記憶合金を用いた「形状記憶耐力壁」があります。
地震などの大きな揺れによって建物に大きな引っ張り力が加わると、形状記憶合金が伸びることで揺れによる建物への負担を軽減します。また、引っ張り力がなくなると、形状記憶合金の特性を活かして形状が戻るよう構成されています。
通電アクチュエーター
形状記憶合金の特性をアクチュエーターに応用した例を紹介します。アクチュエーターとは、油圧や電動モーターによって、エネルギーを並進または回転運動に変換する駆動装置のことです。
形状記憶効果と、Ni-Ti合金の電気抵抗値が高い特性を利用し、通電すると自己発熱し、変形しにくいオーステナイト相となることで、形状が元に戻る「通電アクチュエーター」があります。
線径が太いと必要な電流値が大きくなり冷却時間も要するため、線径0.1mm前後の比較的細いワイヤでの実用化がなされています。
形状記憶ばね
Ni-Ti合金製の形状記憶ばねは、温度検知素子とアクチュエーターを兼ねた用途として使用されます。ばね形状にすることで、変態点以上になるとセンサ機能が働き、同時にアクチュエーターとして駆動力が発生する機能を利用しています。
形状記憶ばねは、センサーとアクチュエーターを兼ねるため、配線やシーケンサなどの部品の削減検討が可能で、信頼性向上、軽量化、省スペース化などに貢献します。
形状記憶合金の今後の展望
この記事では、形状記憶合金のメカニズムと応用例について解説しました。ポイントは以下の通りです。
・形状記憶合金は、変形後にある一定温度以上に加熱することで、元の形状に回復する「形状記憶効果」を有している
・形状記憶合金として用いられる素材は、原子同士の結びつきが強固で安定した材料となっており、耐食性、耐摩耗性にも優れているNi-Ti合金が主に用いられている
・形状記憶技術は、社会のさまざまな場面で活用されており、形状記憶耐力壁や通電アクチュエーターなど、生活に身近なところから産業面まで幅広い応用例が見られている
「Report Ocean(リポート オーシャン)」によると、形状記憶合金の世界市場規模は2020年に80億ドルを超え、2027年まで、年平均成長率7%以上での成長が予測されています。
また、バイオメディカル機器や航空機部品、民生用電子機器などの分野での需要の増加が期待されています。(参照:Report Ocean「形状記憶合金の世界市場は、2021年から2027年の予測期間中、年平均成長率が7%以上になると予測されている」)
本記事を通して、形状記憶素材に関する知識を深めていただければ幸いです。
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