はじめに ~連載について~
サステナビリティは、いまや材料開発の前提条件となりました。
性能と環境負荷を両立する「選ばれる素材」をどう設計するか。
本連載では、「サステナブル時代の『選ばれる素材』開発ロードマップ~CrowdChemの300万件データと現場を繋ぎ、次世代R&Dの『最適解』を導き出す~」を主テーマに、全10回にわたり、弊社の取り組みや知見も交えながらご紹介していきます。
全10回タイトル:サステナブル時代の「選ばれる素材」開発ロードマップ
~CrowdChemの300万件データと現場を繋ぎ、次世代R&Dの「最適解」を導き出す~
なお、本記事は、全10回の連載のうち、第6回の記事となります。
1つのダイヤルに見えて、「つまみ」は2つあった
「正しい一手のはずが、製造ラインを止める」
材料開発では、珍しい話ではありません。導電性を上げたくてCNT(カーボンナノチューブ)量を増やすと、狙いどおり電気はよく通ります。
しかし今度は、電極スラリーが塗れなくなる。性能を上げることが、かえって量産性を損なってしまうのです。このCNTの主戦場が、リチウムイオン電池の電極です。
今回は、リチウムイオン電池のスラリー開発を事例にお話します。電極は、活物質や導電材を溶媒に分散させたスラリーを金属箔に塗り、乾かして作ります。
このスラリーのできが、電池の容量や出力、そして量産の歩留まりを左右します。電気の通り道を担う導電材として近年存在感を増しているのがCNTで、髪の毛よりはるかに細い炭素繊維が電極の中に導電ネットワークを張り巡らせます。
電気自動車の普及で電池への要求が高まるほど、このスラリー設計の巧拙が性能と量産性を分けます。
リチウムイオン電池、そして全固体電池。高性能化の要求が上がるほど、この綱引きは激しくなります。増やすべきは本当にCNTの「量」だったのでしょうか。それとも、回している「つまみ」が、そもそも違うのでしょうか。
1つのダイヤルに見えていた
開発者がまず着手するのはCNTの量です。添加量を増やし、アスペクト比の高いものを選ぶことで導電性は上がります。しかし、同じ操作が、別の場所で背反を生みます。
CNTが増えれば凝集が進んでネットワークが過密になり、粘度が増加することで塗工性が落ちます。「混ぜ方が足りないのか」と分散を強めれば、今度は過度なせん断が生じることで導電パスが切れてしまいます。
押せば、戻ります。戻せば、押せません。それを繰り返すことになります。長らく、導電性と塗工性はトレードオフの関係にあるとされてきました。塗工面がムラになれば品質はばらつき、歩留まりに跳ね返る。
だから開発者は毎回、導電性と塗工性の着地点を追求してきました。最適解にたどり着くころには、数週間から数カ月が経過しています。
ただ、見落とされた前提がひとつあります。導電性と粘度を、1つの「ダイヤル」だと思い込んでいたことです。
ここで用いたのが、私たちのプラットフォーム「LabDX」です。今回は、公開されている特許(特開2025-156236)の実施例を用いて活用事例をご紹介します。
原料の組成、プロセス条件、そこから得られた導電性と粘度。これらを学習グラフ形式に落とし込み、AIに「何が何を決めているのか」を学ばせます。出てきた答えは、樹形図でした(図1)。物性に効く因子ほど赤く濃くなる、影響度の地図です。
導電性で濃かったのは、CNT形状の組み合わせ(バンドル型とエンタングル型)、含有量(パーコレーション)、分散の均一性(図1左)。粘度で濃かったのは、凝集状態、分散剤の種類と添加量(立体障害)、CNT形状、せん断履歴(図1右)。
2枚の地図は、重なりませんでした。

導電性を支配する因子と、粘度を支配する因子は、別物だったのです。「あちらを立てればこちら」が解けなかったのは、両者が同じ「つまみ」に繋がっていたからではありません。別々の「つまみ」が、開発者の手元で絡まっていたからです。
CNT増量という一手が、2つの「つまみ」を同時に回していた。だから片方を動かせば、もう片方が暴れます。「つまみ」が2つだとわかれば、それぞれを別々に回せばよいのです。
試行錯誤が見つけられなかった答え
LabDXが提示した指針は、く違うものでした。最良のCNTを増やすのではなく、役割分担です。ベースの導電網をエンタングル型CNTが担い、そこへバンドル型をごく少量だけ足して長距離パスを補う。カーボンブラックは局所の導電補助に、分散剤はポリエーテル系で立体障害を効かせる。
具体的な配合としては、エンタングル型2.5〜3.0 wt%、バンドル型0.3〜0.7 wt%、分散剤はCNT比25〜30 wt%という水準が提案されています。
効いているのは、わずか0.3〜0.7 wt%のバンドル型です。量を競う発想なら真っ先に切られる脇役が、主役の網が届かない距離を繋ぐ、代えのきかない一手でした。
単一の材料を増減させる試行錯誤では、この組み合わせに原理的にたどり着けません。絞り込みも、勘ではなく指標で進みます。候補を複数立て、粘度と導電特性をAIで予測して散布図に並べ、粘度10,000〜15,000 mPa·s以下・低い体積抵抗率・分散安定性の三つを同時に満たす一角が、有望領域として示されました。
なお、ここで挙げた数値は公開特許の実施例をもとにLabDXが導いた提案値であり、実機で検証した処方ではありません。
なぜLabDXは「つまみ」を仕分けられるのか
この仕分けを支えるのが、先ほどご紹介した「LabDX」です。仕掛けは2つ。
1つは、データの作り方です。学習に使った公開特許は、宝の地図に似ています。ただし、縮尺も方位もバラバラ。測定条件も書きぶりも揃わず、そのままでは重ねられません。
LabDXはこの不揃いを整え、比較できる形に直してから学習にかけます。背景には300万件超の化学データと、開発プロセスそのものを写し取る独自の学習グラフAIモデル(特許取得済)があります。
そして、この仕分けができるのは電池だけではありません。相反する2つの物性を両立させる材料設計で、数万通りの候補を数十通りまで削った例もあります。入り口で母集団を整えれば、試作工数の低減が見込めます。
もう1つは、結果の見せ方です。要因分析は答えだけを導くブラックボックスではなく、どの因子がどれだけ効くかを樹形図で見せます。「なぜこの配合で物性が決まるのか」を自分の言葉で説明でき、多くのエンドユーザーが求める根拠にも応えられます。
次に回す「つまみ」が、見えるか
電極スラリーの二律背反は、妥協すべき問題ではありません。絡まった2つの「つまみ」をほどき、別々に回すだけの問題だったのです。回し方を変えるだけで、答えは動きます。その問いに詰まったとき、「つまみ」を仕分ける仕組みは、もうあります。
私たちに尋ねてみてください。妥協点だと思っていた場所が、ただの通過点に見えてくるはずです。


