リチウムイオン電池の材料選定:データベースとAIでガス膨れ問題に立ち向かう

「電池の寿命が予想より短い」「高温環境下でガス膨れが発生する」「適切な電解液組成が見つからない」……リチウムイオン電池開発における、こうした課題を抱えていませんか?

CrowdChem Data Platformを使えば、実験回数を大幅に削減しながら最適な材料組成を予測することができます。豊富なデータベースとAIの力で、ガス膨れを抑制する材料選定プロセスを効率化します。

本記事では、リチウムイオン電池におけるガス膨れ問題を例に、データ駆動型の材料選定アプローチについて解説します。従来の試作・評価の繰り返しから、効率的な材料設計への転換がいかに可能か、具体的な事例とともにご紹介します。

電池材料の研究開発に携わる方、製品の信頼性向上を目指す技術者の方、データ活用による材料選定プロセスの改善を検討されている方は、ぜひご一読ください。

目次

リチウムイオン電池におけるガス膨れのメカニズム

リチウムイオン電池は、スマートフォンや電気自動車(EV)など幅広い分野で使用されていますが、高温環境下や長期間の使用により電池内のガス膨れ(セル膨張)が発生し、性能劣化や安全性の問題を引き起こすことがあります。この問題の解決には、電解液や電極材料の最適な組み合わせを見つけることが不可欠ですが、従来の試行錯誤型アプローチでは膨大な時間とコストがかかります。

ガス膨れの主な要因について、詳細に見ていきましょう。

1.1. 電解液の分解メカニズム

電池の使用環境(高温・長時間充放電)によって、電解液が分解しガスを発生します。実用環境では特に60℃以上の高温条件下で分解反応が加速することが確認されています。

主な分解物:CO₂、CO、H₂、CH₄ など

原因物質:エーテル化合物、イミド塩、リン酸エステル化合物

実用上の課題:特に車載用途では夏場の高温環境(ダッシュボード内部など)がガス膨れを促進し、最悪の場合電池パックの変形を引き起こします。実際、市場回収データによると、夏場の回収率は冬場の約1.8倍に上ります。

1.2. 正極・負極の副反応

正極(ニッケル酸リチウム)や負極(黒鉛)との副反応により、電解液が分解しガスが発生します。これらの副反応は充放電サイクルを繰り返すことで加速します。

正極での反応:Ni⁴⁺が電解液を酸化分解することで発生するガスがセル膨張の主因となります。この現象は特に高ニッケル系正極材(NCM811、NCA)で顕著です。

負極での反応:黒鉛と電解液の界面反応により、エチレンやプロピレンなどの炭化水素ガスが発生します。特に満充電状態で高温にさらされると反応が促進されます。

反応メカニズム:電位が高い状態(4.3V以上)では、電解液中のカーボネート系溶媒が分解され、CO₂やCOなどのガスが発生します。このメカニズムは電池の長期使用において避けられない課題となっています。

1.3. SEI(固体電解質界面)膜の不安定化

負極表面のSEI膜が不安定化し、電解液と反応することでガスを発生します。SEI膜の安定性は電池の長期信頼性を左右する重要因子です。

SEI膜の劣化要因:高温環境、急速充電、過充電などが主な劣化要因となります。特に80℃以上の環境ではSEI膜の分解が急速に進行します。

劣化メカニズム:不安定なSEI膜は電解液と継続的に反応し、新たな分解生成物を形成します。この際、副産物としてガスが発生し、電池内部の圧力が上昇します。

結果としての影響:SEI膜の劣化は内部抵抗(IR)の上昇を引き起こし、電池性能の低下だけでなく、発熱量の増加を通じてさらなるガス発生を促進するという悪循環を生み出します。

これらのガス膨れメカニズムの理解は、材料選定における重要な指針となります。次章では、これらの課題を解決するための技術的アプローチについて詳しく見ていきます。

課題解決の鍵を握る特許技術と材料選定アプローチ

特許技術(特開2020-147487, 特開2021-051233)に基づき、リチウムイオン電池のガス膨れを抑制する技術が開発されています。これらの特許技術は、材料科学とデータ解析の融合により、高性能かつ安全性の高い電池材料の選定を可能にしています。

ガス膨れを抑制する材料選定アプローチとして、以下の技術が研究・開発されています。

2.1. 新規電解液の開発と材料データベース活用

電解液の分解を抑制するため、添加剤の最適化が進められています。従来は研究者の経験と勘に頼ることが多かった添加剤選定ですが、データベースを活用することで効率的な材料探索が可能になりました。

【代表的なガス抑制添加剤とその効果】

  • リチウムビス(オキサラト)ボレート (LiBOB): SEI膜形成促進、電解液分解抑制
  • リチウムジフルオロリン酸 (LiDFP): 高温安定性向上、ガス発生抑制
  • ビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミド (LiTFSI): 高導電性、低DCR効果
  • フルオロエチレンカーボネート (FEC): SEI膜強化、ガス発生抑制

これらの添加剤は単独使用よりも、適切な組み合わせと配合比率によって相乗効果を発揮することがデータ解析から明らかになっています。特に、LiBOBとFECの組み合わせは、SEI膜の安定性とガス発生抑制の両面で優れた効果を示しています。

2.2. 電極材料の系統的選定と表面処理技術

電極材料の改良により、副反応を低減し、ガスの発生を抑えることができます。材料データベースを活用することで、従来は見落とされていた材料の組み合わせを発見できるようになりました。

  • 正極材料選定:ニッケル酸リチウムの表面コーティング材として、Al₂O₃、ZrO₂、MgO等が有効であることがデータ解析から判明。特にZrO₂コーティングは電解液との反応性が最も低く、高温環境下でも安定性を維持します。
  • 負極材料選定:黒鉛への表面処理(リン酸ホウ酸リチウム化合物など)が効果的。特に、リン酸エステル系化合物で処理した黒鉛は、サイクル試験後のガス発生量が未処理のものと比較して約40%減少することが実証されています。
  • 材料間の相互作用:データベース解析により、正極材料と電解液添加剤の相性を定量的に評価できるようになりました。例えば、高ニッケル系正極材はFEC添加剤との相性が特に良く、ガス発生を抑制する効果が高いことが明らかになっています。

これらを適切に組み合わせることで、ガス膨れを効果的に抑制し、リチウムイオン電池の長寿命化と安全性向上を実現できます。

評価に必要な物性と目標値

リチウムイオン電池のガス膨れを抑制し、高性能を維持するためには、特定の物性を評価し、適切な目標値を設定することが重要です。データベース活用により、これらの物性と目標値を効率的に特定できるようになりました。以下に、主な評価項目を示します。

3.1. 発泡率とガス膨れ抑制

ガス膨れが発生しにくい電解液と電極材料を選定するため、ガス発生量と発泡率を評価します。

  • 発泡率の定義: 電解液分解に伴うガス生成量の割合
  • 測定方法: 標準セルを用いた加速試験(55℃/80%充電状態での保存)後のガス量測定
  • 目標値: 低温および高温環境下で発泡率を5%以下に抑制
  • データ活用: 過去の実験データから、添加剤の種類・配合比と発泡率の相関関係を分析することで、最適な組成を予測できます。

3.2. 直流内部抵抗(DCR)

電池の電流効率を示す指標であり、DCRが低いほどエネルギー損失が少なくなります。ガス膨れを抑制しつつ、低DCRを維持することが重要です。

  • DCRの測定方法: 標準充放電サイクルでの抵抗値測定
  • 目標値: 0.1Ω以下(長寿命化のため)
  • トレードオフ関係: 一般的に、ガス膨れ抑制添加剤はDCRを上昇させる傾向があります。データベース解析により、両立可能な材料組み合わせを効率的に探索できます。

3.3. 熱安定性とSEI膜の保持

負極表面のSEI膜の安定性がガス膨れ抑制に関与します。SEI膜の形成と安定性を評価することが重要です。

  • DSC(示差走査熱量測定)によるSEI膜安定性評価
  • 電気化学インピーダンス測定によるSEI膜の特性評価
  • 目標値: 安定したSEI膜形成を促進する添加剤を特定
  • データ駆動アプローチ: 過去の実験データを分析することで、SEI膜の安定性に寄与する因子を特定し、最適な添加剤組成を予測できます。

これらの物性を評価し、適切な電解液や材料の組み合わせを選定することで、ガス膨れを抑制し、電池の長寿命化を実現できます。次章では、AIシミュレーションを用いた材料選定法について解説します。

AIシミュレーションを用いた材料選定

CrowdChem Data Platformを活用することで、データ駆動型の材料選定が可能になります。膨大な材料の組み合わせからAIを活用した下記のようなアプローチで最適な候補を抽出しました。

4.1. ガス膨れの寄与因子解析

電解液の組成や添加剤がガス膨れ量に与える影響を分析します。

  • 機械学習による相関分析:どの因子がガス膨れを引き起こしやすいかを特定
  • 回帰分析による最適条件の推定:材料パラメータからガス発生量を予測するモデルを構築

4.2. 低DCR(直流内部抵抗)を実現する組成の最適化

低DCRを実現する電解液の組み合わせを予測します。

  • 数千種類の組成をデータベース化し、最適な組み合わせを算出
  • 性能とコストのバランスを考慮した材料選定が可能

4.3. 新規電解液の組成候補を自動抽出

試行錯誤を実験ではなくシミュレーションを用いて行うことでAIから最適材料が自動提案されます。

  • 有望な電解液組成をAIがスクリーニングし、評価試験にかける回数を削減
  • 予測精度の向上:フィードバックループにより、テストデータを蓄積し予測精度を継続的に改善

4.4. AIが選定した有望材料の性能

AIを活用した材料選定の結果、以下の材料が特に有望であることが示されました。

【低ガス膨れ&低DCRランキング】

材料ガス膨れ量 (比較例101との相対値)DCR (Ω)
A. LiBOB0.850.12
B. LiDFP0.800.10
C. LiTFSI0.750.09
D. FEC0.700.08

これらの結果から、特に フルオロエチレンカーボネート(FEC) の添加がガス膨れの抑制に有効であることが確認されました。

AIシミュレーションを活用することで、従来の試作・評価工程を大幅に削減し、電池開発の効率化を図ることができます。また、実験だけでは発見困難だった材料の組み合わせも特定することができるかもしれません。

CrowdChemは電池のガス膨張もスピーディーに解決

リチウムイオン電池の開発において、AIとデータベースを活用した材料設計は、高性能かつ安全性の高い電池の効率的な開発を可能にします。特に、AIによる電解液添加剤の最適化や電極材料の選定は、ガス膨れ抑制という課題に対する試作回数の削減と開発期間の短縮をもたらし、開発効率を大幅に向上させます。従来は数年かかっていた材料探索を数ヶ月に短縮できるようになることで、市場投入のスピードアップや競争力強化につながるビジネスチャンスも広がるかもしれません。

CrowdChemの「CrowdChem Data Platform」は、化学分野における製品情報や特許データを活用し、このような効率的な研究開発を支援します。さらに、「CrowdChem Data Analytics」なら自社データがなくても、専門家とのヒアリングを通じて特許や外部情報を活用したカスタマイズ分析が可能です。両者を活用することで、企業の特定のニーズに応じた最適な素材やプロセスの組み合わせを導き出すことができます。

これらのサービスは社内データがなくてもゼロベースから始められますので、リチウムイオン電池の性能向上や安全性確保に課題を抱える企業様は、ぜひご検討ください。

※なお、本記事に記載された内容は弊社の研究結果に基づくものであり、その完全性や適用性を保証するものではありません。

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